グリーフケアスクール
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介護・福祉従事者さま向け カリキュラム・スケジュール

new 中級(介護・福祉従事者さま向け)

あいまいな喪失理論の理解と、認知症高齢者と家族ケアの質を高める

認知症罹患は、あいまいな喪失の一つとして定義されます。
高齢者本人と家族には、大きなストレスとなります。
中級では、グリーフ概論・あいまいな喪失理論について学び、認知症高齢者とその家族への繊細な関わりについて学びます。
認知症の初期〜中期ケアを実践する講師、認知症の終末期ケアを実践する講師、認知症で看取った家族介護者から学び、より丁寧に認知症ケアと喪失ケア実践について、考えることができます。
ワークショップの時間を設け、体験的に学べます。

■カリキュラム

中級
月2日間、2カ月の講義です。(総計4日間)
※講師及びテーマ変更があり得ますのでご了承ください。
スケジュール詳細は下記「■スケジュール」をご覧ください

内容
飯田 英晴 この講義では、大切な家族を亡くした後、誰しもが経験する悲嘆反応について学びます。 悲しい、寂しいと言った感情だけでなく、様々な体の症状、考え方の変化、日常の生活にも大きな影響が出ます。 その苦しさからどのように立ち直っていくのか、中には長年その苦しみから抜け出せない人もいます(複雑性悲嘆)。 また、今まで優しかった母親が認知症になり、訳もなく大声で怒鳴り、変わっていく親をどのように受けとめて行けば良いのか、 苦しみます。亡くなってはいなのですが喪失の体験で、曖昧な喪失と呼ばれます。この曖昧な喪失について学びます。
山田 裕子  認知症の人とその家族の支援については、研究から入り、臨床と実践に携わる機会を得て、それを研究に活かすという経緯を辿ってきました。(その間に両親の老いと、別れがありました。) 今回、認知症ケアについて、その歴史を繙くことから、認知症という病気のケアについて、私たちの理解が、無から今日の全人的なケアへと進んでいったことに注目して、私たち自身の専門的なケアの概念と方法、手段の開発方法を学びたいと思います。
 認知症の人への沢山の謎と失望とに促されて、認知症ケアが否応なく興り、失敗と絶望と模索の試行錯誤を経て、本来の人としての尊厳を、認知症の人と家族がいかに取り戻すか、という議論が可能になった現在に至るまでの長い過程を、日本とアメリカで実践を通して垣間見て、それを学び研究する機会を与えられました。
 初めて日本で「今大変なことが起こっているよ」と聞いたのが、1982年でした。そして、聖マリアンナ医科大学の長谷川和夫先生が関西で認知症についての講演をなさったときにお話を聞くことができました。コリン作動体に異変がある、ということばが印象に残っています。しかし、「ねたきり」の高齢者の方が圧倒的に目に見える存在であった1985年ごろには、認知症の人について、世間の関心はまだ低く、私もねたきりの高齢者のお宅に訪問看護の看護師と一緒に訪れて、ソーシャルワーカーとして、何が出来るかを修士論文で書きました。そこで、患者の介護度と同じほど、家族の介護を担う力が大切かを知り、その2つを合わせて考えなければ、患者が必要とする介護が提供できないことを痛感しました。そこから、介護というものは決して、患者要因だけのものではなく、介護側の要因も大切であること、在宅介護を支援する専門職は、そのどちらもへの見極め(アセスメント)を得ることの重要性を知り、その見極めに基づき、支援を組み立てることが大切だとの思いに至っています。

 1980年代当時の日本では寝たきりは、長いもので十数年に及ぶものでしたが、アメリカでは、寝たきりは死の直前の数日からよほど長くて数か月の短いものでした。介護は英語では、long-term care とやはり「長期のケア」として理解されていて、1985年に入学したミシガン大学の老年科クリニック、Turner Geriatric Clinicでは、その原因として認知症が大きな比重を占めることを知りました。得体の知れない認知症にかかった親族に驚きと戸惑いを隠せないまま、お世話を続ける介護者の苦しみと克服を研究する、介護者研究が一つの重要な領域であったのですが、介護者からの聞き取りで、認知症の人の思いや、生活、ニーズも知るようになってきました。認知症研究にとって、介護者は手段であり、情報資源でもありました。
 認知症外来での介護者の相談活動を経て、私は、今認知症カフェで活動する機会を持っています。認知症ケアについて、私たちに何ができるのか、どこに向かっていくかを探っていきたいと思います。皆様の実践からも学ばせていただきたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。
荒牧 敦子 20年間の介護生活では義母は老人病院で、両親は在宅で、夫は総合病院で、と様々な看取りを体験しました。
介護の場面で介護者として求められる決断をしながら、看取りの場面では人としての葛藤を感じ、 いずれ「死」を受け入れざるを得ないという現実、 昨日まで私を必要としてきた家族が居なくなるということをどのように自分自身に納得させればいいのか、 大切な人を失っても私は生き続けていかなければいけない。
自分がいずれ「死」を迎えるとき、残る者にこれは自然の摂理だと思ってもらえるように、今をどう生きればいいのかを模索しています。
講義では、以下のテーマに即しつつ、自分が体験の中で考えたことなどを主にお伝え出来ればと思います。
・認知症となった本人が感じていたさまざまな喪失悲嘆(グリーフ)
・家族介護者として関わる中で、感じたさまざまな喪失悲嘆(グリーフ)
・家族は専門職に対して、本人にどのように接して欲しいのか
・家族は専門職に対して、家族にどのように接して欲しいのか
中筋 美子 この講義では、高度の認知症を抱えた高齢者と家族へのケアについて、皆様と一緒に考えたいと思います。認知症を抱える方は、年齢を重ねるにつれて認知症が重度化し、心身機能の衰えや複数の病を抱えやすくなります。それによってご本人・家族の生活には多くの支障や困難が生じます。まずは、高度の認知症を抱えた方や家族・介護者がどのように暮らしておられるのか、何を感じておられるのか、当事者の視点に注目してお話しします。続けて、この時期に生じやすい心身の苦痛やつらさを踏まえて、必要なケアのあり方を考えたいと思います。また、人生の最終段階、最期のときが近づくと、“食べられなくなった”等治療やケアの選択が必要な場面が起こってきます。しかし、その時には認知症が進行し、意思の表明が難しくなっている方が少なくありません。 “その人にとっての最善”をどのように考えていくのか、最期まで人として大切にされていると感じられるようなケアのあり方や家族への関わり方についてお話しします。

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■スケジュール

中級
 授業時間(10:00〜17:00)
第6期 6/8 6/9 7/27 7/28 第7期 9/14 9/15 10/26 10/27
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コース 第1回
(水)
飯田
第2回
(木)
山田
第3回
(土)
荒牧
第4回
(日)
中筋
中級 第9期 10/23 10/24 11/23 11/24
  • ※講師については止むを得ず変更ありますことご了承ください。
  • ※お仕事のご都合等でスケジュール通りに受講が難しい場合は、別の期のクールで受講調整させていただきます。 受講日程はできるだけご希望に沿うよう調整いたしますので協会事務局までご相談ください。
  • ※少人数授業となっております。既に定員を満たしている場合はご希望に添えない場合もございますので予めご了承ください。

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